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米チャレンジinときがわ町日影~テンセグリティーモデルからの考察の方がメインになったの巻~

田んぼで田植えをした。
天気は晴れのような曇り。
作業をするにはもってこい。
非常に快適に田植えをする。
ブヨだかなんだか判らないムシが異常なまでに沢山いて、不耕起ならではの多様性を実感する。
それにしても、100とか200の群れに遭遇すると生理的に寒気がするのはなぜだろう。
130622BS01.jpg130622BS02.jpg130622BS3.jpg
130622BS04.jpg130622BS05.jpg130622BS06.jpg
淡々と、黙々と田植えをして、3時ころには作業を終えて帰宅。

家に帰りテンセグリティーモデルを製作。
材料は以下
竹棒6本:□5×5×L125mm
輪ゴム6本:Φ18mm
部材の製作から完成までは1時間ほど。
棒に輪ゴムをひっかけ、その中心にマーキングをいれると作業がだいぶ楽になる。
ささいなことだが、こういったちょっとしたことをするかしないかが完成形のよしあしを決める。
整合性が全体を支配するモデルにおいては特に重要。
130622BS11.jpg
さて、初めて実物を目にして、どう受け止めていいのかわからないというのが率直な感想。
その美しさは否定のしようがないのだが・・・。
素直に感動できない感覚がある。
余談を許さないその形態からは、少し触れればたちどころに崩壊してしまうような、
緊張感が漂い。時間の流れを否定し、この一瞬が全てであるような鬼気迫るものを感じてしまうからかもしれない。

私がライフワークとしている竹細工の構造的な美は「緻密、連続、反復、微差」と言える。
解像度を上げていく構造の美。そこにはゆらぎや不整合という余地が残される。
一方この対局としてテンセグリティーは位置する。
それは「究極、実直、単純」と言えるだろうか、そして解像度を究極なまでに下げていく構造の美。

ここまで書いてきて気づくのだた、そもそも竹細工も部分にフォーカスを合わせていけば、
かなり単純で実直な構造をしている。
それをどの視点で眺めるかの違いであって、本質的には論理的な構造の連続でしかない。

構成原理はどうあれ、多様性を内包している竹細工は目に優しく、
多様性を内包していないテンセグリティーは見ていて辛い。
もしくは独特の浮遊感が見るものを不安にさせているのかもしれないが・・・。

テンセグリティーを反復、連続させていけば、竹細工的な美になる可能性も十分にあるということかもしれない。
つまりは、科学的手法を組み込んだ手仕事の可能性。
オール手仕事じゃなくて、脳みそ半分コンピューターで作るの全部手仕事みたいなもの。
ふむふむ。
よく判らないが何かできそうだな。
ということを今日僕は学んだ。

by 雑草スープS
ちなみに、テンセグリティー(Tensegrity)とはバックミンスター・フラーにより提唱された概念で、
張力(Tension)と統合(Integrity)の造語です。
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