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竹チャレンジ~鳥の目と虫の目の巻~

会社を休んで、母校の武蔵野美術大学を訪問。
向かった先は民俗資料室。
世界と日本の竹細工の現物を見に行ってきた。

その量の多さにまず驚いた。
ところ狭しと民具が並んでいる光景は圧巻だ。

民具はどれも人の体温や素材のもつぬくもりが宿り、アタタカサを感じた。
モダンで素っ気ない工業製品にこのアタタカサは皆無だ。
循環する暮らしの一部となり、長い年月が生み出した道具には説得力がある。
中には、粋な装飾が施されたものもある。
刹那的な時の流れから離れ、使い手の愛着や作り手の思いが込められた装飾には美しさを感じた。
130318BS04.jpg130318BS03.jpg130318BS06.jpg
民具の良さをあげたらキリがない。
これらに囲まれ暮らしを営んでいた頃の人々を羨ましく思う。
労働も、自然と共にあり、多少の不便は楽しむ余裕もあったことだろう。
現代の自分たちの暮らしはなんて無味乾燥なことか。
経済発展と引き換えに暮らしの質は随分と落ちた。
これは否定のしようがない、現代の暮らしの質は後退の一途だ。

・・・・・。

っとまぁ。

今の状況を否定しても仕方がない。

過去の遺産から突破口を掴まなければならない。
見学して思ったこと。
道具は暮らしと共にあったということ。
作り出すことも、使うことも処分することも全ては暮らしと共にあった。
どんな形態やどんな機能を創造するかは二の次だった。

初めに暮らしのあるべき姿を描く。
次にそこに寄り添うようにある素材を見つける。
又は、そこから産み落とされる素材を拾いあげる。
その素材があって始めて道具に仕立てる。
状況から創ることが道具作りには必要なのだ。

つまり、健全な暮らしがあっって始めて道具は生まれる。
その道具からは健全な暮らしの幸福感のようなものがにじみ出てくるのだ。
そんな道具を竹から創造したいと思った。
それを見た人が田舎暮らしを始めたくてしょうがなくなってしまう道具ができたらサイコーだ。

by雑草スープS
とにかく、民俗資料室は創造の源がギュっと濃縮されております。
本気でものづくりをやる方は絶対に一度訪れるべし。
卒業8年目にしてやっとその価値の大きさに気づいた私が言うのも何ですがね☆

武蔵野美術大学民俗資料室
http://www.musabi.ac.jp/folkart/index.html
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